特別寄稿 ~他者に寄り添うこと~

ドラゴンクリニック 院長

ドラゴンクリニック 院長

菊地 次郎

医療従事者である我々に求められるものとして、相手の気持ちになって考えるとか、相手の立場に立って考えるとか、自分がされて嫌なことは他人にはしないとか、そのようなことがよく言われる。しかし本当に他者に寄り添えている人はどれだけいるだろうか?うわべだけの言葉で誤魔化していないだろうか?この職場内で言えば、他者とは患者さんであったり、施設を利用している方々であったり、また一緒に働いている仲間のことだ。

私は患者さんを診る時に、その人の病気だけを見てはいない。その人の人間性とか、その人の価値観、その人の考え方、関係性が深まってくるとその人の死生観までを見るようにしている。例えば、ある患者さんに癌が見つかったとする。もちろん若い人であれば、それは根治を目指し、手術目的で専門の病院へ紹介することになる。しかしその方はもう90歳、手術をすれば根治できる可能性があるが、その方はもう十分に生きた、手術してこれ以上長生きはしたくない、90歳にもなって、体にメスを入れるのは好まない。しかし、苦しみながら死んでいくのは嫌だ。このような死生観を持つ患者さんは多い。このような状況では、もちろん手術を積極的に進める理由にはならない。しかし、今後どういったことが起こり得るのかを十分に説明したうえで、今後の治療方針を決めることになる。当たり前と言えば、当たり前のことだ。

また、私が10年間妥協なく実践してきたことの一つに、患者さんの話をとことん聞くということがある。これは忙しい外来で実践することは、実はなかなか難しい。しかし、私はこの聞くということにとことんこだわり、どんなに忙しい状況でも必ず、しっかり話を聞くように心がけてきた。それは傾聴と言うものかもしれないが、ただ単に話を最後まで聞くという単純なものではない。また、共感という言葉で単純に説明はしたくない。それは体で感じるものだし、ただ単に相手の言うことに対して、共感すればいいというものでもない。まず大切なこととしては、その患者さんを尊敬すべき存在として接する。たとえどんなに認知症であっても、たとえどんなに話が長くても、たとえどんなに耳が遠くて、どんなになかなか話を理解してくれなくても、どんなに怒っていようとも、その根本となる姿勢はその人を尊敬すること、そしてその人から何かを学ぼうとする姿勢、そしてその人の求めるものを理解しようとする姿勢だと思う。私がよく目にする光景が、耳の遠いお年寄りとか、理解力に乏しいと思われるご高齢の方とか、少し認知症が進んでいると思われる方々に対して、上から目線できつい口調で話したり、怒り気味で話したり、または大声でイライラしながら話したり、そのような光景を今この職場でも目にすることはよくある。なぜこうなってしまうのか?もちろんそのような人達は一生懸命に仕事しているからこそ、そのような対応になってしまうのだろうが、それは本当の寄り添いにはならない。一人の尊敬する人間として、そしていずれ我々もそうなる可能性もあるのだという認識のもと、明日は我が身の精神で、「今まで苦労されてきたんですね、若い頃はどのような人だったんだろうかな?」とか、そのような思いを馳せながら、ご高齢の方に接する、そのような心持ちが必要とされるのではなかろうか。もちろん、その人のことを完全には理解することはできない。それは当然だ、他人であるし、その人の今まで培った経験、考え、何より脳の中身、体の中身が違う。それでも、できる限りその人の困りごとを理解しようとする姿勢が必要だ。たとえば、両下肢のしびれ、痛み、夜間痛、歩行困難、両足に力が入らない、といったような症状の方がいたとする。私はそのような痛みやしびれの経験はないから、完全にはその人の苦しみを身をもって理解はできないだろう。しかし同じような症状の人をたくさん診てきた経験、そして今まで培った医学的知識などから、その人の状況を知ろうとする姿勢や努力が、他者としてできる寄り添いではなかろうか?これが本当の寄り添いではなかろうか?年を重ねると必ず病気になる、年をとれば体が言うことを聞かなくなる、それが歳を重ねていくということだ。これが自然の流れだ。しかし歳をとってみないと、この状況はなかなか理解できない。頭ではわかっていても、いざ自分の身に起こり得るとはなかなか考えられないのだ。しかしそのことを理解しながら、できる限り患者さんや利用者さんの苦しみ、困りごと、時として不穏状態、妄想、支離滅裂な言動、暴力行為があるかもしれないが、そういったものまでも受容し、その人の根本的な気持ちを理解しようとする姿勢、そしてそれを手助けしようと努力すること、それが本当の寄り添いではなかろうか。時にそれは報われず、逆に怒られ、逆に悲しくさせることもあるかもしれない。そのような状況でも、その人の立場になって物事を考える、それこそが本当の寄り添いになるはずだ。

日本の高齢化社会の最先端を突っ走る、この地域で我々がすべきことは何なのか、改めて考えてほしい。そして本当にすべきことは何なのかを、今一度考えて欲しい。本当のケアとは何なのか?ケアという言葉を使うだけで終わっていないか、本当にケアできているのか?そして私は思う、その根本となるのは、寄り添いではなかろうか。その患者さんや利用者さんの最期の時まで、寄り添ってサポートしてあげる。そしてその寄り添いの意味するところは、その人を知ろうとする努力、そしてその人をできる限り支えてあげようとする心意気、そういったものがご高齢の方々に接する時に必要な態度ではなかろうか?

この地域で本当に必要とされるものは何なのか?そして、我々がすべきことは何なのか?この組織でやらなければならないことは何なのか?改めて考え、ぜひ皆さんと一緒に、寄り添いを実践していきたいと思っている。